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ドイツ語関係メモ帳←わたしが…←(旧名)脱-原発へ

URL とは一致しないブログ設定になりつつありますが、「脱-原発へ」の気持ちはそのままです。

ヘルマン・ヘッセのカテゴリーを作った。

ヘッセ

ここ、記事久々。

 

まず、わたしに関して。

 

読書好き、というわけでもないままにこの年になってしまっている。(あと数年経てば、この世に生を受けて半世紀。もう、か、ようやく、か。)

 

特に、昔から作り話はあんまり好きではなかった。詩も苦手だった。

 

でも詩は、写真みたいなものなのかなと最近ようやく実感できるようになってきた。作り話も、その延長みたいな感じで。

 

いっぽう、自伝や日記の類は昔からわりと好きだった。そういうのも作り話的な側面がないわけではないだろうが、「文学」のなかでは興味があるほう。というか、むしろ好きだった。

 

で、↑タイトルに書いたように、ヘルマン・ヘッセについてだが…(以下、ヘッセとわたし、みたいな)

 

結構読まず嫌いなところがあって、正直あんまり読んでない。

 

小学校か中学校の頃、国語の教科書に、確か「少年の日の思い出」*がのっていて(中学なんかな)、いや、もしかしたら自分の時の教科書やなくて他人の(受け持ってた子どもの)教科書やったかもしれんけど。

 

*少年の日の思い出 - Wikipedia ja.wikipedia.org/wiki/少年の日の思い出 - 少年の日の思い出』(しょうねんのひのおもいで 原題:Jugendgedenken)は、ヘルマン・ ヘッセが1931年に発表した短編小説。日本では、1931年に高橋健二の翻訳が出版 された。 中学校の国語教科書に掲載されている事で、日本での知...

 

それについては印象に残っていた(いい意味で)。でも、中学の頃、わたし自身はちゃんと読んではいないような気がするけど、夏休みの読書感想文とかの機会に「車輪の下」を読んでいた人がたくさんいた。そして、ヘッセの「車輪の下」そのものというよりは、そういう同級生らの書いた優秀な(「優秀」として選ばれた)感想文に触れて、わたしのなかにできてしまった嫌~なイメージは今も消えない。

 

それはそうなのだが(そういうのは単なる偏見として、今自分で新鮮な気持ちで読むとまた変わるのかも)、高校の時の友達がきっかけで、その子に教えてもらった漫画&映画に一節が出てきていた「デミアン」には興味を持つことができた。

 

その後、たまたまドイツ語を学ぶようになったので(22,23あたり~30過ぎまでかな)、それも、好きでやっていたというよりは、必要が生じてあっぷあっぷしながら、半ばやっつけでやっていたので、ドイツ語が嫌にならないように、自然と馴染めるように、デミアンは原書も入手して、高橋健二訳とともに、暇があれば手に取るようにしていた。

 

でも結局ドイツ語からも離れて…

 

ここ5年程の間にまた戻ってきた。5年前はまだ全然あかんかったけど、ブランクで。まだそれほど努力はしてないものの(これからする予定)、だいぶ戻ってきたように思う。

 

 

きっと自分はヘッセが好きなんだろう、という気もずっとしているので、デミアンももっとちゃんと読み直していきたいし、ほかの作品も、と思い、新しいカテゴリーを用意した。いろいろ、小さなこととかも、気楽にメモリながら記事にして置いていけたらと思う。

 

 

最後に。Yahoo!地図より。

 

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(Gのところは、モンタニョーラ)

 

→Hermann-Hesse-Portal モンタニョーラ